創作怪談02「海を渡る異形」
よく、海釣りに行くんです。
海釣りと言っても防波堤なので大きな魚はめったに釣れません。
でも、あの魚は大きかったなあ。もう一度会いたいとは思いませんけどね。
その日は、珍しく早朝からスタートしました。いつもは昼前から始めて、のんびり小アジなんかを狙っているんですが、「たまには違う魚を釣りたい」と時間帯を変えることにしたんです。
とは言いつつ計画はなし。具体的なターゲットはいませんから、竿はピクリともしません。
まあ、「ただ糸を垂らして波の音を聞くのもオツなもんか」とぼんやり考えながら、朝もやがただよう海を見ていました。
すると、沖のほうからなにかが漂ってきました。
正確には泳いでいるようなんですが。
このあたりでは見たことがないほど大きな魚影が、ゆらりゆらりと波に押し戻されながらも向かってきます。
魚影というのは珍しいものです。魚という生き物はかなり用心深いですから。ましてや大きな魚が防波堤近くの水面スレスレを泳ぐのはあまり見たことがありません。
漁船から捨てられたゴミかとも思いました。しかし、それにしては動きが意図的に見える。
さらに、私は一度だけここで大きなマルタウグイを見たことがありました。体の模様がくっきり見えるほど浮き上がって悠々と動く姿。美しさにみとれました。
まさに逃した魚は大きかったわけですが、そういう経験もあり、今度はちょっかいを掛けてみることにしたのです。
私はすかさずイソメを付けた仕掛けを魚影の手前に落としました。距離は数メートルといったところ。近づいているのに影はいっそうくろぐろとして、魚種を判別することはできません。
その魚は好奇心旺盛とみえ、餌に近寄ってきました。それに合わせて私も糸を引きます。
距離はどんどん縮まります。2メートル50、2メートル、1メートル50……。
ついに魚の鼻先が針に触れるというときの光景は今でも鮮明に覚えています。
食いつくぞ、と思った矢先。魚の両脇、胸ビレが生えているあたりから細長い棒が2本、ニョキッと生えたんです。
魚はそのまま棒を器用におりまげ、まるで愛しいものを抱きかかえるように餌を掴みました……。
見たのはそこまでです。
竿を放り投げて一目散に逃げましたから。それ以来あそこには近づいていません。
思い返すと、あれは腕だったんでしょうね。大きな魚に、痩せぎすのおばあさんのような、棒きれのような腕が付いていた。
あの魚はなんだったんでしょう。岸まで1〜2メートルまで近づいていながら、模様一つ見えなかった。まるで光を反射せずに吸い込んでいるようでした。
あの港で過去何かあったという話は聞きません。
でも、あいつが海にいる以上、人気がない時間帯に釣りに出かけることはもうないでしょう。